暗黒の章 第27章 奇才・薬島刑事の事件簿

 俺は渋いミドルの雰囲気を半径20メートルに撒き散らしながら、住宅街をゆっくりと歩いていた。
「今日は非番だったんだがな・・・。まあ、俺ほどの刑事になると、休みはないか・・・」
 俺は誰にともなくそう呟くと、ポケットからタバコを取出し、ハードボイルド丸出しのかっこ良さで火を付けた。
「げぼっ!?ゴホッ、ゴホッ・・・オェ・・・ゴホッゴホッ!」
 慣れねぇことはするもんじゃねぇ。第一、タバコなんて体に悪いし、こんなもん吸ってるからかっこ良いわけじゃねぇ。かっこ良さは体臭と一緒ににじみ出るもんだ。だが・・・
 俺は300円を無駄にする悔しさから、この一箱だけは吸ってやろうと秘かに決心した。
 俺は晴れた日の清々しい空気を満喫しながら、事件現場まで歩を進める。
 車は使わねぇ。刑事ってのは靴をすり減らして歩いて回るもんだ。俺は3日で一足ダメにしたことがある。犬に食われたことを差し引いても、この記録を越える奴はそういまい。
 車はダメだ。見るべき物に目が向かねぇ。第一、車を持ってねぇ。いや、その前に免許がねぇ。
 いつもは若い刑事に運転させている。俺の舎弟みたいな奴だ。

 俺が現場に到着すると、その舎弟である皆神が俺を見付けて犬みたいに尻尾振って駆け寄ってきた。まったく、可愛い奴だぜ。
「薬島さん、遅すぎですよ!良い歳こいて免許もないなんて恥ずかしくないんですか!?」
 ・・・素直じゃねぇ奴だぜ。まあ、ここは年長者の余裕で大目に見てやろう。
「俺は今日は非番なんだぜ?そこをわざわざ呼ぶとは、まあ、俺に解決できない事件がねぇことを知っての狼藉だろうが、一体どんな難事件だ?」
「まだ寝呆けてるんですか?休みだからって寝すぎですよ。だらしない。ただ単に薬島さんのボロアパートが近かったから呼んだだけです。第一、難事件なら薬島さんなんて呼びませんよ」
 ・・・まったく、呆れるほど素直じゃねぇ。まあ、そこが可愛いってことにしといてやろう。
「被害者はこの家に住む36歳の独身男性です。現場の状況から見て、物取りの犯行の線が濃いかと・・・」
 現場の部屋に向かう間、皆神が説明する。
「ふん、考えが若いな。で、死因は?」
「はい。さっく死です」
「ショック死?」
 俺は思わず聞き返した。皆神が前よりはっきりした口調で言い直す。
「いえ、さっく死です。御覧の通り・・・」
 現場に着いて、皆神は遺体を指差した。遺体の胸に刃物が深々と刺さっている。
「それはもうサックシと刺さっています」
「サックリ?」
「サックシと」
 俺はもう一度遺体を良く見た。なるほど、サックシと刺さっていなくもない。
「死因はさっく死か・・・」
「はい、さっく死です」
「・・・お前、ふざけてんだろ?」
 皆神は首を傾げた。どうやら真面目らしい。
「さっく死ねぇ・・・」
「はい、それはもうサックシ」
「・・・」
「・・・」
「で?他には?」
「はい。今日、日曜日のこの時間、被害者はいつもは家にいなかったようです。部屋の荒らされ具合からしても、それを知っていた、計画的な物取りの犯行かと」
「で、今日はたまたま居て、鉢合わせて犯人が慌ててズブリか・・・」
「サックシです」
「しかし、妙だな・・・」
 俺は長年の勘で、この現場のおかしな雰囲気を察知していた。
 俺は屈み込んで仏を良く見た。外傷は胸以外にはない。
 俺は胸に刺さった包丁が怪しいと見て、それに手をかけた。
「あ!薬島さん!触っちゃダメじゃないですか!指紋が付きますよ!そういえば、さっきドアも素手で開けたでしょ!まったくも〜、何年無駄に刑事やってんすか!?鑑識さん!凶器と入り口のドアに薬島さんの指紋付いてるけど、気にしないで!」
 皆神はそう言いながら、俺にゴム手袋を投げ付けた。
 ・・・ふ、いけねぇ。初心を忘れない俺の捜査態度が、解決を焦るあまり初歩的なミスをしちまったぜ。
「皆神。こいつは物取りの犯行なんかじゃねぇぜ」
 俺はゴム手袋をはめながら、目一杯渋みを聞かせた声でそう言ってやった。
「え、ど、どういうことですか?」
 皆神は動揺を露にした。この瞬間がたまらなくて刑事をやってるようなもんだ・・・
「見ろ。周りは巧妙に荒らされているが、被害者には胸の傷以外外傷がねぇ。これだけ荒れるほどもみ合ったなら、他にも小さな傷やあざがあるはずだ。つまり、ばったり出会った物取りと争ったわけじゃなく、顔見知りから不意打ちでやられたのさ」
 俺はそう言うと、皆神の顔を横目でちらっと見た。感動と驚きの表情をしている。
「な、なるほど!薬島さん、さすがっす!」
「ふ、言ったろ?俺に解決できない事件はねぇんだ」 皆神が爽快な笑顔で拳を握り締めた。
「いやぁ、薬島さんってバカだけど、捜査眼だけは一流っすね!」
 ・・・誉め言葉と取っておこう。
「バカ言ってねぇで、早く被害者の親族と交友関係を洗え!」
「はい!」

 それから俺たちは聞き込み捜査を行い何人かの容疑者を導きだした。
「今夜は冷えやがるぜ・・・」
 俺は真夜中の道で電灯の横にたたずみながら、そう独り言を言った。
 今、俺はその容疑者の内の一人の家に張り込んでいる。
 張り込み・・・ふ、これぞ刑事の醍醐味だな。こうしてあんぱんと缶コーヒーを手にただひたすら待ち続ける姿は、刑事臭丸出しでなんとも渋いじゃないか。
 さっき二人組の警官に職務質問されたときはさすがに焦ったが・・・まさか、警察手帳を忘れるとはな・・・。ただのストーカーだと思われるところだったぜ。
 だがなに、そのぐらいじゃ俺はくじけない。
 なにしろ、俺の刑事ぶりは子供の頃から注目されていた。
 小学生のときには、同じクラスの金持ちの子の給食費がなくなるという、先生たちもさじを投げた何事件を解決した。犯人はそいつが嫌いだった上、新しい玩具を欲しがっていた俺だった。
 中学生のときも、クラスの可愛い女の子の体育着がなくなったという事件を解決した。犯人はもちろん、その子が好きだったネクラな俺だ。
 このように、俺に解決できない事件はこれまでなかった。・・・おっと、ずいぶん昔のことを思い出しちまったぜ。
 と、その時、容疑者の家の電気が消えたので、俺は身構えた。ほどなくして、玄関のドアが開いて、男が外に出てくる。
「なに!?馬鹿な!!」
 俺は思わず心の中でそう叫んだ。中から出てきた男は・・・容疑者ではない!
 どうやら、俺の不安が的中したようだ・・・
 ・・・住所を間違えた。

「いい加減、白状しろや」
 俺は机の向かい側に座っている容疑者の男に凄んでみせた。
 ドアの前では皆神が調書を取りながらその様子を見ている。情けない姿を見せるわけにはいかない。
「だから、俺じゃねぇって言ってんだろ?いい加減帰らしてくれよ」
 しかし、この男がこう言うばかりで中々しぶとい。
 こんな男の一人も吐かせられないようじゃ、皆神に示しがつかんな・・・そうだ!あれをやってみよう!よくドラマでやってる、ライトでいきなり容疑者の顔を照らすやつ。凄味があって良いじゃないか。
「いつまで黙ってるつもりだ!あぁ!?」
 俺はそう言うと、机の脇に置かれた電気スタンドの首を引っ掴み、男の顔の方に・・・あれ?・・・くっ!・・・固いな・・・
「薬島さん。それ机に付いてるから動きませんよ?」
 皆神が落ち着き払って指摘する。
「・・・ゴホン」
 俺は咳払い一つで場の空気を引き締め直すと、背もたれにもたれて大きく息を吐き出した。
 ここは一つ、雰囲気を変える作戦でいこう。
「俺はなぁ、なにもお前が犯人だって決め付けてるわけじゃねぇんだ。ただ、知ってることを話して欲しいだけなんだよ。な?・・・どうだ?腹減ってねぇか?」
 その俺の言葉に、皆神がガタっと身を乗り出した。
「まさか・・・で、出るか?薬島さんの、アレ・・・」
 俺は期待する皆神を焦らすようにたっぷりと間を置いてから、はにかんだ笑顔を作って低音を響かせた。
「・・・カツ丼食うか?」 皆神がたまらず調書を床に叩き付ける。
「出たぁ〜!!薬島さんお得意の、人情味押し付け作戦!薬島さん!渋過ぎるっす!俺、どこまでも薬島さんについて行くっす!」
 俺は興奮する皆神に手を軽く上げて応えた。
「おい!お前!薬島さんのあったかい人情に触れて、感動で涙しながら全てを話すんだ!さあ!」
 どうやら、容疑者の男はノリが悪いようで、いぶかしげに俺と皆神の顔を交互に見た。
「お、お前らは、バカなのか・・・?」

 その後、俺たちが上げた容疑者は全員白であると判明し、捜査は振り出しに戻った。
 しかし、事件は思わぬ切っ掛けにより解決を迎えることになった。
 その日俺は聞き込みをするべく街を練り歩いていた。その街角で、新興宗教の勧誘をしているらしい男が演説をしていた。
 街を歩く人はそいつを避けていったので、俺も同じように目を合わさないように通り過ぎようとした。しかし、ある言葉が俺の足を止めたのである。
「私たちは宇宙と一つです!さあ、皆さん、手を取り合って救いを求めましょう。皆さんは私と同様宇宙の一部です。私はあなたで、あなたは私です!」
 その言葉が耳に入ってくると、俺は電気ショックを受けたように体を震わせた。
 そうだ!・・・俺は宇宙で、宇宙は他人!ならば俺は他人だ!
 犯人なんて誰でも同じだ。犯人は俺と同じだ!・・・犯人は俺だ!
 俺は警察署に走った。

「皆神!謎は全て解けたぞ!」
 俺が転がるように走ってきてそう叫ぶと、皆神は目を見開いた。
「薬島さん、犯人が分かったんですね!」
「ああ!犯人は俺だ!」
「な・・・なるほど!それなら犯人が見つからないわけだ!」
 皆神が手をポンと叩いた。
「良いか?現場からも凶器からも、犯人の指紋は発見されなかった。しかし、俺の指紋は出た。俺は犯行時、自分がうっかり触ってしまった場所を思い出し、捜査に入った時に間違えたフリをしてそこに改めて触れることで証拠を隠滅したんだ」
「巧妙な隠蔽工作ですね。気付かないわけだ」
 皆神は感心したようにほぅっと声を上げた。
「さらにだ、俺はあいつとちょっとした知り合いだった。交友関係を洗ったところで出てこい程度の、ちょっとしたな。それを知った上で犯行に及んだわけだ」
 皆神は納得したように何度も頷いた。
「ですが、肝心の動機は?動機は何だったんですかね」
 あまりにも簡単な質問をされて、俺は思わず笑った。
「そんなのは決まってるだろ。事件を解決するためだ!」
「なるほど。薬島さんなら、バカだし、有り得そうな話ですね。分かりました!じゃあ、薬島さんを逮捕します!」
 俺は腕を差出しながら、自慢げに鼻で笑った。
「ふ、どうだ?鮮やかに解決したじゃねぇか。なあ?」
「はい!さすが薬島さんっすね!」

 こうして、事件は無事に解決し、俺は刑務所に入った。
 まいったな・・・また自慢することが増えちまったぜ。
 解決できない事件がなかっただけでもかっこ良かった俺が、今度は解決できる事件までなくなっちまった。
 なにしろ、刑務所にいたんじゃ、まず俺の周りで事件自体が起きねぇ。
 かっこ良すぎるぜ、俺・・・

 




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